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東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)53号 判決

原告

矢貝宗則

被告

株式会社山井養豚所

ほか一名

主文

1  被告らは連帯して原告に対し、金二八八万二、六八八円およびこれに対する昭和四五年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し、金六五九万四、四五七円およびこれに対する昭和四五年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

原告は昭和四五年二月一四日午前一〇時四〇分ごろ、三鷹市井口四五番地先の三鷹街道通称山中交叉点において、野崎方面から塚方面にむけて進行すべく前方の停止(赤)信号に従つて自己の運転にかかる自家用乗用車(多摩五ま八一―七〇)を停車中、右交叉点前方左側角にある三井ガソリンスタンドから発進し右交叉点を右折しようとした被告山井昇(以下被告山井という。)運転にかかる乗用車(多摩五す五〇―一〇)に自車右側前部付近を激突され、右衝撃により頸椎捻挫、両側根性坐骨神経痛を伴う腰部捻挫の重傷を蒙り、昭和四六年五月一日症状固定に至るまで昭和四五年二月一六日から同年三月一日までおよび同年六月二七日から同年九月一二日まで合計九二日間入院し、昭和四五年二月一四日から昭和四六年五月一日まで(入院期間を除く)合計一五六日間通院し、症状固定後は脊椎の可動性制限、脊椎(腰部)前竜の消失、下肢腱反射の低下、右大腿外側に知覚鈍麻の後遺症があり、そのため根気のいる仕事をすると両側項肩痛、同部の緊張感、頭重感、イライラ感を生じ、何もしなくても腰痛ならびに両下肢のシビレ感、脱力感に悩まされている。

2  (被告らの責任)

被告山井は本件加害車両を運転するに当り速度を調節して進路の安全を確認するはもちろんハンドル、ブレーキを的格に操作して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、的確なハンドル操作を欠いて右折進行したため自車を進路右側の車線に進入させて、一時停車中の原告の運転車両に衝突させたのであるから民法七〇九条により、被告株式会社山井養豚所(以下被告会社という。)は本件加害車両の所有者であつて、自己のためにこれを運行の用に供していたのであるから自動車損害賠償保障法三条により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

3  (損害)

原告は本件事故により次のような損害を蒙つた。

(1) 休業損害 金四〇五万九、〇二一円

原告が事故前三か月間(現実に稼働した昭和四四年八月、九月、一二月分)の総収入金額は二一万一、六二八円であるから、三か月の実数九二日に除した一日当りの賃金額は金二、三〇〇円となる。原告は本件事故日から本訴提起日である昭和四七年一月二〇日までは全く稼働していないから右期間合計七〇六日間の逸失利益金額は、2,300円×706=162万3,800円となる。その後の回復見込期間を一応七年と想定し、その間の得べかりし賃料額は五八七万六、五〇〇円(365×7×2,300)となるから、この金額から喪失割合(労働省労働基準局長通達労働能力喪失率表による障害等級表七級の喪失率による)である五六パーセントを算定すると金三二九万〇、八四〇円(5,876,500×0.56)となり、この金額にホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除し、一時に請求しうる金額を算定すると、金二四三万五、二二一円(3,290,840×0.740)となる。よつて、休業損害金の合計は金四〇五万九、〇二一円となる。

(2) 慰藉料 二二〇万円

原告が本件事故により入院した期間は三か月(九二日間)であり、通院期間は五か月間(一五六日間治療実数六四日)であるからその間の精神的損害を金銭に評価すれば金五五万円(入院一か月間を金一〇万円、通院一か月間を金五万円で算定)を下らない。また原告は本件事故により後遺症を蒙つたものであり、後遺症に対する慰藉料は金一六五万円を下らない。よつて、慰藉料の合計は金二二〇万円となる。

(3) 通院費および雑費 六万七、二三〇円

原告が本件事故のために通院し、また同人が入院中妻子が見舞のため通院するに要した通院費は合計金三万九、六三〇円である。原告が入院期間(九二日間)中に要した諸雑費は一日金三〇〇円を下らないので、その合計は金二万七、六〇〇円である。よつて、通院費および雑費は合計金六万七、二三〇円となる。

(4) 弁護士費用 九五万円

原告は東京弁護士会所属弁護士篠崎芳明に本件訴訟の提起を委任し、本訴終結時に着手金および報酬として勝訴額の一五パーセント支払う旨約束したから、その弁護士費用は金九五万円となる。

(5) 損害金合計 金七二七万六、二五一円

右のうち、被告山井が休業損害金の一部として原告に支払つた金額は金六八万一、七九四円であるから、これを減ずると、原告が請求する損害金の総合計は金六五九万四、四五七円となる。

4  (結論)

よつて、原告は被告らに対し連帯して損害賠償金六五九万四、四五七円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四五年二月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1のうち、原告の運転する乗用車と被告山井の運転する乗用車が原告主張の日時場所において衝突したこと、原告が昭和四五年二月一六日から同年三月一日まで入院したことは認めるが、原告運転車が停止信号に従つて停車中であつたこと、激突したこと、右衝突により原告が受傷したことは否認し、その余の事実は不知。

2  同2のうち、被告会社が本件加害車両を所有していたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3のうち、被告山井が原告に対し金六八万一、七九四円を支払つたことは認めるが、その余の事実は争う。

三  被告らの主張および抗弁

1  被告山井運転車は、東洋物産三鷹給油所を出て野崎方面へ右折進行すべく、本件交叉点へ差しかかつたのであるが、その際信号が青を示していたので、そのまま交叉点へ進入し、適法な右折経路をたどつて進行した。その時、野崎方面から本件交叉点へ差しかかつた原告運転車が、本件交叉点手前で停車していたが、赤信号にもかかわらず、いわゆる見込発車をして前進し、被告山井運転車の右折経路を一部妨げた結果、両車の右前部が互いに衝突したのである。以上のように、被告山井には何らの過失がなく、本件事故はもつぱら信号を無視した原告の過失にもとづくものである。被告山井運転車に構造上の欠陥および機能の障害はない。従つて、被告らに損害賠障責任はない。

2  かりに被告らに損害賠償責任があるとしても、前記のように原告にも過失があるから、損害額を定めるにつきしん酌されるべきである。

3  原告は昭和四五年一月二〇日午後八時三〇分ごろ、調布市深大寺一、六七七番地先道路において、タクシーを運転して三鷹駅方面から布田方面に向つて進行中、右折しようとしたところ、原告と同じ勤務先である第二コンドルタクシー株式会社に勤務する訴外小林功運転のタクシーに後方から時速約五〇キロメートルの高速で追突され、頸椎捻挫、むち打症の傷害を受け(以下この事故を第一事故という。)、翌二一日から三鷹中央病院に通院治療を受けていたものである。本件事故は原告が右病院へ治療に行く途中発生したものであつて、本件事故時においてむち打症は残存していたものである。両者の事故の態様、症状、治療経過等からみて、原告の症状に対し第一事故の与えた影響は本件事故に比しはるかに大きいものであるから、被告らの負担すべき損害額は大幅に減額されるべきである。

四  被告らの主張および抗弁に対する認否

被告らの主張および抗弁1、2、3の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告の運転する乗用車と被告会社所有の被告山井の運転する乗用車とが、昭和四五年二月一四日午前一〇時四〇分ごろ、三鷹市井口四五番地先の三鷹街道通称山中交叉点において衝突したことは当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様、原因については争いがあるので、まずこの点について判断する。〔証拠略〕を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち、原告は前記交叉点において野崎方面から塚方面にむかつて進行すべく停止信号に従い自己の運転する乗用車を停車中、被告山井は右交叉点の前方左側にある東洋物産三鷹給油所において自己の運転する乗用車に給油した後、同所から発進し、右交叉点を野崎方面に向かい時速約二五キロメートル前後で右折しようとしたところ、急にハンドルを右に取られ、ブレーキを踏んで急停車の措置をとる間もなく、原告の運転する乗用車の右側前部付近に自己の運転する乗用車の右側前部を衝突させたことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕の一部は措信できず、他にこれを覆えすに足る証拠はない。右事実によれば、本件事故は被告山井のハンドルおよびブレキー操作の過失にもとづき生じたものというべきである。

三  原告が昭和四五年二月一六日から同年三月一日まで入院したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は頸椎捻挫、両側根性坐骨神経痛を伴う腰部捻挫により昭和四五年二月一六日から同年三月一日まで(この事実は当事者間に争いがない。)および同年六月二七日から同年九月一二日まで合計九二日間入院し、昭和四五年二月一四日から昭和四六年五月一日まで(入院期間を除く)合計一五六日間通院し、昭和四六年五月一日症状固定したこと、脊椎の可動性制限、脊椎(腰部)前竜の消失、下肢腱反射の低下、右大腿外側に知覚鈍麻の後遺症があること、根気のいる仕事をすると両側項肩痛、同部の緊張感、頭重感、イライラ感を生じ、何もしなくても腰痛ならびに両下肢のシビレ感、脱力感があることが認められる。

四  被告らは本件事故と原告の蒙つた前記傷害との因果関係を争うのでこの点について判断する。〔証拠略〕を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、原告は昭和四五年一月二〇日午後八時三〇分ごろ、調布市深大寺一、六七七番地先路上において、タクシーを運転して三鷹駅方面にむかつて進行中、右折しようとしたところ、原告と同じ勤務先である第二コンドルタクシー株式会社に勤務する訴外小林功運転のタクシーが後方から時速約五〇キロメートルで追突し、頸部捻挫、むち打症の傷害を受け、翌二一日から三鷹中央病院に通院治療を受け、頸筋痛、頭痛、肩凝りがあり、二月一〇日の所見では僧幅筋痛を訴え塩酸プロカインの局部注射、鎮痛剤ドスパンの静脈注射をしていたこと、二月一三日の症状は肩凝りを訴え、二月一四日までむち打症が残存していたこと、原告は本件事故により二月一六日入院したが、二月一九日の所見では原告の頸部は運動自由で疼痛なく、同月二七日の所見では自他覚的にもむち打外傷による症状は認め難いとされ退院が許されたこと、退院時において腰痛、右坐骨神経痛症状とむち打外傷との関連が不明であるとされたこと、以上の事実が認められ、これに反する原告本人尋問の結果(本件事故当日三鷹中央病院へ治療証明を受けに行く途中であつた旨)は、乙第二号証の三および乙第四号証の一の記載(二月一四日ドスパン、アリナミンの投与を受けたこと、通院途上で本件事故にあつたこと)にてらし措信できない。右事実によれば、原告には本件事故当時、さきの事故によるむち打症が残存していたが、更に本件事故によつて、前記認定の傷害を受けたものであり、右傷害は第一事故と本件事故とが競合して生じたものと推認されるから、第一事故によるむち打症が残存することをもつて、本件事故と前記認定の傷害との間に因果関係を否定することはできないものというべきである。しかして原告が退院した昭和四五年三月一日の時点において腰痛、右坐骨神経痛症状とむち打外傷との関連が診療上不明であるとされているが、これをもつてその後の症状と本件事故との関連を否定すべき理由とはなし難い。従つて、本件事故によつて原告は前記認定の傷害を蒙つたものというべきである。

五  そこで、本件事故により原告の蒙つた損害額について判断する。

1  休業損害

〔証拠略〕によれば、原告が昭和四四年八月、九月、一二月に稼働した総収入金額は二一万一、六二八円であることが認められるから、これを三か月の実数九二日間で除した一日当りの賃金額は金二、三〇〇円(円以下切捨)となる。ところで、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四四年九月二三日から一〇月二七日まで血圧のため、一月二〇日から二月一四日まで第一事故のため稼働していないことが認められるから、〔証拠略〕と対比すれば、原告は昭和四四年八月から一二月までの五か月間に稼働した日数は七八日間であり、稼働率は〇・五二(78/150)となる。

そこで原告が本件事故にあつた翌日(昭和四五年二月一五日)から症状固定した日の前日(昭和四六年四月三〇日)までの休業損害は、

金五二万六、二四〇円(2,300×440×0.52=526,240)となる。

〔証拠略〕によれば、原告は昭和四七年八月から建設関係の日雇の仕事をし、一月約四万円の収入を得ていることが認められる。右事実によれば、原告は症状の固定した日(昭和四六年五月一日)から仕事をはじめる前の日(昭和四七年七月三一日)までの間、後遺症により労働能力を喪失したことによる休業損害は、原告の後遺症を労働省労働基準局長通達労働能力喪失率表による障害等級表七級の喪失率五六パーセントであるとして計算すると、

金三〇万六、〇八〇円(円以下切捨)(2,300×457×0.52×0.56≒306,080)となる。

原告が仕事をはじめた(昭和四七年八月一日)以後は、前記稼働率を考慮すると労働能力喪失による休業損害は考えられない(40,000>2,300×30×0.52)。

よつて、休業損害の合計は金八三万二、三二〇円となる。

2  慰藉料

前認定のように、原告が本件事故により入院した期間は三か月(九二日間)であり、通院期間は五か月(一五六日間)であるから、その間の精神的苦痛を金銭に評価すれば金五五万円が相当であり、また原告の後遺症に対する慰藉料は諸般の事情を考慮し金一六五万円が相当であると認められる。

よつて、慰藉料は合計金二二〇万円となる。

3  通院費および雑費

〔証拠略〕によれば、通院に片道一五〇円の費用を要したこと、入院一日の雑費として三〇〇円を要したことが認められるから、原告主張のように通院費合計金三万九、六三〇円、雑費合計金二万七、六〇〇円の損害が認められ、右合計は金六万七、二三〇円となる。

4  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告は篠崎弁護士に認容損害額の一五パーセントを支払う旨約束したことが認められる。そこで、弁護士費用は、前記認定の損害額合計金三〇九万九、五五〇円の一五パーセントに当る金四六万四、九三二円(円以下切捨)となる。

5  損害額

以上合計金三五六万四、四八二円から当事者間に争いのない被告山井が原告に支払つた金六八万一、七九四円を減ずると、原告の蒙つた損害額は金二八八万二、六八八円となる。

六  被告らは被告山井の過失を否定し、免責の抗弁および予備的に過失相殺を主張するが、前認定のように、本件事故は被告山井の過失にもとづき生じたもので、原告の過失を認めることはできないから、被告らの抗弁はいずれも理由がない。また、被告らは本件事故と原告の蒙つた傷害との因果関係を争い、更にいわゆる割合的因果関係を主張する。しかし、前認定のように、原告の傷害は第一事故と本件事故とが競合して生じたものであつて、因果関係を否定することはできず、また、本件においては稼働率を考慮して休業損害を算定しているのであつて、特にいわゆる割合的因果関係を採用しなければ損害の公平な分担がはかられないという特段の事情も見出せないから、被告らのいわゆる割合的因果関係の主張は採用しない。

七  そうすると、被告らは連帯して原告に対し損害賠償金二八八万二、六八八円およびこれに対する不法行為の翌日である昭和四五年二月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべく、原告の本訴請求のうち、右の限度の支払を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村重慶一)

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